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YAMAKEI SQUAREからおすすめの1冊

2011.05.30

ヤマケイ文庫『空飛ぶ山岳救助隊』

ヘリコプターによる山岳救助を確立した男、篠原秋彦。
その生涯を描いた渾身のルポルタージュが待望の文庫化。

ヤマケイ文庫『空飛ぶ山岳救助隊』 購入する
「山に登れる営業マン募集」

1972年(昭和47年)、新聞に載っていた小さな求人広告。

この広告を見た篠原さんは
「山を歩けるんだったら、給料はいくらでもかまいません」と
ヘリコプター会社・東邦航空に入社します。

ヘリコプター会社での「営業」とは
送電線やパラボラアンテナの建設をはじめとする
さまざまな工事や整備事業のための下請け仕事でしたが
やがて篠原さんは山小屋にもセールスに行くようになります。

北八ヶ岳の黒百合ヒュッテに、
ただ高校の先輩であるというツテだけを頼りにオーナーの米川正利さんを訪ね、
その見事な仕事ぶりから
入社の翌年には八ヶ岳一帯の山小屋の物輸を東邦航空が手がけるようになります。

やがてその働きぶりから、北アルプスの山小屋でも信頼を獲得。

“東邦航空は、雷がきて雨がザンザン降っていても飛ぶ。”

“ただ飛ぶだけではなく、篠原さんやパイロットは
山小屋の従業員と一緒になって荷揚げのための荷造りも手伝う。”

“米と味噌がそろそろなくなるはずだから、
とりあえずそれだけ先に運んでおこう
と、何便か運んで、またサッとどこかへ行く。”

腕のいいパイロットと
山小屋の内情を知り尽くした篠原さんがいれば
その信頼が絶大なものになることは、想像にかたくありません。

最初で最期のレスキュー職人

時は1970年代。ヘリが遭難救助のためにポツポツと飛ぶようになります。

現場まで飛んでいって遭難者を救助するのは無理でも
山小屋まで運んできたケガ人を下ろすぐらいなら、
物輸のついでにできるだろう、というわけだが
このようにケガ人や病人、あるいは遺体を山小屋から下ろすようになったのが
そもそもの山岳レスキューの始まりといわれています。

篠原さんが初めて遭難現場へ出動したのは1974年の夏のこと。

このとき、パイロットは下りることができず
遭難者を収容することができませんでした。

そしてここからの篠原さんの活躍が本書の白眉。

篠原さんの献身的な活動については、
長野県警山岳遭難救助隊で20年間にもわたって遭難救助に関わった
水田廣さんが本書のなかでこのように語っています。

  「ヘリから降りるときは、どこであろうと、まずシノさんが
  先に降りるんだよね。先陣を切って。いちばん先に降りて
  安全を確かめ、それからみんなを誘導すると。それは非常
  に勇気がいることなんだ。(中略)警察官以上のことをや
  るんですよ」

いつ落石の直撃を受けるかも知れぬ、
死と隣り合わせの状況のなかで、
思わず目をそむけたくなるような遺体を黙々と回収する場面。

ヘリのドアを開けてローターを見ながら
「あと岩場まで1mあるから大丈夫。もうちょっと左につけていいよ」
と、岩場ぎりぎりを誘導する場面。

まさに山岳レスキューに命を懸けた
最初で最後の「レスキュー職人」。

レスキューに出動した現場はおよそ1700件。
命を救った登山者は1000人以上を数えるといいます。

残念ながら篠原さんは2002年1月、救助活動中の事故により
帰らぬ人となりました。

いつの日か、篠原さんの後継者が出現することを祈ってやみません。



 
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